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東京高等裁判所 昭和36年(ネ)1068号 判決 1962年12月26日

控訴人 大陸交通株式会社

被控訴人 のぶこと小野のふ 外七名

主文

原判決中控訴人に関する部分を取り消す。

被控訴人らの控訴人に対する請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら訴訟代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上及び法律上の陳述並びに証拠の提出、援用及び認否は、控訴人訴訟代理人において後記のとおり付加陳述し、被控訴人ら訴訟代理人において控訴人の当審における自白の取消に異議を述べ、さらに本件自動車は控訴人所有の自家用自動車であつて、これを有償で他に貸与するには所轄行政庁の許可を要するところ、控訴人は右許可を得ることなくこれを小林雄史に貸与したものであるから、本件事故につきその責めを免れない、と述べ、証拠として、被控訴人ら訴訟代理人において当審証人田中志満夫の証言を援用し、控訴人訴訟代理人において乙第一ないし第三号証を提出し、当審における証人海老名惣吉の証言及び控訴会社代表者本人尋問の結果を援用し、被控訴人ら訴訟代理人において右乙号各証の成立は知らないと述べたほかは、いずれも原判決事実摘示中控訴人に関する部分の記載と同一であるから、ここにこれを引用する。

控訴人訴訟代理人の当審において付加した主張

控訴会社が本件事故当時いわゆるドライブクラブの一種であり、自動車の賃貸を業としていた者であること及び控訴会社が本件自動車を小林雄史に賃貸したことはいずれも否認する。原審において右事実を自白したのは真実に反し錯誤に基いたものであるからこれを取り消す。本件自動車は控訴会社の自家用自動車であるが、控訴会社はこれを民法上の組合である杉並ドライブ倶楽部に無償で貸与し、小林雄史はさらにこれを同倶楽部から借り受け、同人自ら運転して自己のため運行の用に供していたものであり、本件事故はその運行によつて生じたものである。かりに控訴会社が本件自動車を小林雄史に貸与したものとしても、自動車損害賠償保障法第三条にいう「自己のために自動車を運行の用に供する者」とは、自動車の使用について支配権を有し、かつその使用によつて享受する利益が自己に帰属する者をいうものと解すべきところ、本件においては、控訴会社は小林との間に何ら雇傭関係等に基く監督的立場にはなく、本件自動車使用上の支配権は、その貸与による引渡によつて小林に移転したものであり、さらに小林による本件自動車の運行は、それ自体小林自身の利益のためのものであつて、控訴会社は小林による運行自体からは何らの利益をも享受していないのである。であるから、控訴会社は本件においては「自己のために自動車を運行の用に供する者」には該当しないから、自動車損害賠償保償法第三条による賠償義務を負うべきではない。

理由

被控訴人らの控訴人に対する本訴請求は、本件自動車による死亡事故は小林雄史が本件自動車を運転して発生させたものであるが、右事故は自動車賃貸業を営む控訴会社がその所有の自動車を自己の営業のために小林に賃貸し、小林においてこれを借用運転して発生させたものであるから、控訴会社は自動車損害賠償保障法第三条にいう「自己のために自動車を運行の用に供する者」が「その運行によつて他人の生命を害したとき」に該当するとすべきであつて、控訴会社に対し同条に基づき右事故による損害の賠償を求める、というに帰するものである。

そこでまず、自動車損害賠償保障法第三条が自動車の貸渡人の責任をも定めたものかどうかについて考える。同条は損害賠償の責任主体を「自己のために自動車を運行の用に供する者」と表現するのみであるから、自動車貸渡業者がその所有の自動車を自己の営業のため他人に貸し渡して運行の用に供する場合は、一見その貸渡人が右の責任主体に該当するように考えられる。しかしながら、自動車を他人に貸与し、他人がその引渡を受けてこれを運行の用に供する場合には、特段の事情のないかぎり、その運行はもつぱら借受人の意思によつて決定されるのであつて、貸渡人はその運行自体について直接の支配力を及ぼし得ない関係にあるものであり、運行に関する注意義務を要求される立場にはないものとみなければならない。そしてこのような貸渡人が借受人の自動車運転によつて生じた事故につき民法上の不法行為責任を負うためには、貸渡人が構造上に欠陥があるかまたは機能に障害のある自動車を貸与したとか、運転免許のない者に貸与したとか、その他貸渡人に自動車の賃貸につき要求されるべき注意義務を欠く等何らかの帰責事由があることを必要とし、もしこれがないときは貸渡人の責任を追及することはできないのである。自動車損害賠償保障法第三条は、民法第七百九条に定める故意過失の挙証責任を転換し、挙証事項を厳格化したものではあるが、自動車の運行自体について直接の支配力を及ぼし得ない関係にある貸渡人までもこれを損害賠償の責任主体とすることを定めたものと解することはできない。このことは、同第三条ただし書が同条本文に定める賠償責任を免かれるため立証を必要とする事項の一つとして「自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかつたこと」を掲げている点から考えてもいい得るところである。

以上のことは、自動車賃貸の期間が長期継続的であると否とによつて結論を異にするものではない。本件事故を起した自動車の貸主が控訴人であるか又は民法上の組合である杉並ドライブクラブであるかは争があるけれども、それがいわゆるドライブクラブ経営者の賃貸した自動車の運行による事故であることは弁論の全趣旨により明らかであり、当審における控訴会社代表者尋問の結果により真正に成立したものと認める乙第一、二号証及び当審証人海老名惣吉の証言を総合すれば、いわゆるドライブクラブは自動車を短時日間乗用に供させるため賃貸しその賃料を収得することを以て営業の目的とするものであつて、借主は通常数時間ないし二、三日の間自動車を賃借するだけでその自動車との関係は短時日の後に消滅し、自動車との間に恒常的な関係の存続するのはドライブクラブの経営者自身であり、その営業上の収益と自動車の運行との間には密接な関係があることが認められるから、自動車の運行により第三者に加えられた損害についてはドライブクラブの経営者にも賠償責任を認めるのが被害者保護の見地からは相当と考えられないではない。しかしながら、ドライブクラブの経営者は前記のように自動車を賃貸して賃料を収得するためにこれを所有利用するものであつて、その運行によつて直接自己の利便を図るものではない。すなわち自動車の運行は、ドライブクラブにとつては自動車利用の直接の目的ではない。自動車の運行については、ドライブクラブの経営者に支配権がなく借主の自由に委されている以上、これを他の一般の賃貸の場合と区別することはできない。等しく自動車の所有者が自らこれを運転しない場合でも、ドライブクラブのように他人に賃貸してその自由な運転に委せる場合と、事業者がその選任監督に係る運転手を使用して事業者自身のための運行の用に供する場合とは区別さるべきである。結局いわゆるドライブクラブの方式による自動車賃貸業者に対しては、現行の自動車損害賠償保障法第三条の規定によつては無過失損害賠償責任を負わせることはできない。本訴における被控訴人らの主張は、右法条に基づく控訴人の責任についてのみであつて、控訴人が本件自動車の貸借につき貸渡人として払うべきさきに説示したような注意義務を欠いたことまたは小林雄史による本件自動車の運行が控訴人の事実上の支配力の及ぶ方法で行われたことについては何ら被控訴人らの主張立証しないところである。控訴人の小林雄史に対する本件自動車の貸与が被控訴人ら主張のように所轄行政庁の許可を要するものであり、右貸与がその許可なくしてなされたものとしても、このことから直ちに控訴人をして本件事故による損害賠償責任を負担させなければならないとすることはできない。

以上のとおりであつて、控訴人に対し本件事故による損害の賠償を求める被控訴人らの本訴請求は、事実関係の争点に対する判断をするまでもなく失当とすべきであつて、これと結論を異にする原判決は相当でない。

よつて、民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第八十九条に従い主文のとおり判決する。

(裁判官 小沢文雄 中田秀慧 賀集唱)

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